あさはかな深掘り

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2011年 03月 24日

大きくなれよ

こんな時でも一歳児は成長著しい

「じょー」←ぞう
「ひ、ひーん」←うま
「ち、ち」←小鳥
「ぐぁぐぁ」←水鳥
「パンパン」←パン
「ぽ、ぽ、ぽ」←ぽぽぽぽーん
「は、ち」←AC

ここらがここのところ出てきたことば

「いないいないばあ」の歌を何となく歌ったり
羊の真似をしたり
電話で、デタラメ語で、大人の真似をしたり
できることが随分増えたので驚く

そして、なんだかものすごく剽軽な仕草をしてみたりするようになった。
それは二週間ずっとわたしと過ごしたせいだ。と、半ば悪口のように言われている。



それにしても食欲ぱねえ・・・
夕飯なんておかわりおかわりとすごいので、怖くなってこちらで「もうやめなさい」と言うくらい

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オー。スモウレスラー、ネー。



わたしは食のほそい子供だったそうだ。
その頃に食べられなかったせいでこのように小さい体になってしまったのだ
と、両親から何十年も言われ続けていて。
なので、どうかフーコは、食欲旺盛になってもらって
どうか大きくなってほしい。
とおもっていた。
それで大きくなるかどうかは解らないけど
食欲旺盛のところまでは願いが届いたというところだろうか。


それを言うと、自分を責められていると思ってしまうのか
母が「わたしだって大きくなってほしかったけど、どうしても食べてくれなかったのよ」と
悲しそうにするので実家では禁句だ。
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by spatspipin | 2011-03-24 21:21 | fu
2011年 03月 23日

兄妹

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ふと気づいたらこんな風に寝ていたふたり
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by spatspipin | 2011-03-23 20:28 |
2011年 03月 23日

笑った

明日から出社するつもりで、ハラを決め、なけなしのガソリンつかって実家まで大荷物かかえて行ったら会社から電話。

「実家から通うのであれば出社okだが、それが不可能で子供といつあえるのか解らない状況になって出社するのは社としてNG」
でも!でも!と反論するも一切認めてもらえなかった


子供は勿論一番大事だけど
仕事を持ちながら子供をもうけたことである程度育児を犠牲にすることは当たり前のことだとおもっていた
子供自体は、祖父母のもとで過ごすことはなんていうことはないはずで
どちらかというと子供と離れてつらいのは私の方だと思っているのです

でも、わたしの意見は強くはねられて
それ以上言ったところで受け入れてもらえるはずはなかったので

「わかりました」
と言った

そしたら
「あなたの性格上、今「わかりました」と口先だけで言っていることはわかっているんですよ!?」
と言われて

笑った
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by spatspipin | 2011-03-23 12:43 | こと
2011年 03月 22日

毎日

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雨でなければ必ず散歩にでかけます
ピピンの散歩に行かなきゃならないからね

人が沢山いる公園で、他の子供と遊ぶ体験をしてもらいたいと思っているのだけれど
私1人でピピンとフーコを連れてだとちょっと難しい

実は2回ほどやってみたのだけれども
もう、本当に無理
無理なものなのね〜

だからもっぱら河原沿いで遊んでます
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by spatspipin | 2011-03-22 20:33 | fu
2011年 03月 21日

自宅待機命令

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その後しばらく職場からは自宅待機を命じられ、専業主婦状態
理由はガソリンがなくてフーコを送り迎えできないため
なんて理解があって
優しい会社、優しい仲間なんだろう
育休が終わって以来、やっと子育てしている感を満喫している次第
申し訳ないほど幸せ
それはきっと
あの離ればなれの夜を経て思っている事
どうやら薬になったもよう
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by spatspipin | 2011-03-21 22:42 | こと
2011年 03月 21日

3/12@その後Ⅱ

f0126981_2234263.jpg家の片付けは非常に軽いものでした。被害は木枠のフォトフレーム(接着剤で修理済み)、馬の置物、バレリーナの置物、のの(仏)さま(接着剤で修理済み)、ののさまのさかずき、重宝している大きな花瓶
以上
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by spatspipin | 2011-03-21 22:36 | fu
2011年 03月 21日

3/12@その後

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余震に怯えて、何時何時なにがあっても飛び起きてフーコとピピンをかかえ、必要最小限の荷物をもって逃げれるように準備した
リビングに布団をひいて寝ていました
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by spatspipin | 2011-03-21 22:32 | fu
2011年 03月 21日

3/12@朝

そのまま私は一睡もできず朝を迎えた

明るくなるにつれ、気持ちがだんだん楽になるのがわかる
後輩はほんの少し眠る事ができたようだった
5:30頃、彼女の父親からメールが入って車でこちらへ迎えにくるとのことだった
彼女の家と方向的には同じだったので
わたしも同乗させてもらえることになった

しかし、フーコが居るはずの実家に向かうべきなのか
それとも、もしかしたら夫が待っているかもしれない自宅へ戻るべきなのか

実家へ行けばフーコに会えることは間違いないが
そこに夫がいなかったら?
まずは自宅に行こう
停電だとはおもうが、自宅にもどれば電池式の充電器がある
そこで携帯をまずどうにかしよう
そしてそれぞれに連絡をとればいいのだ
実家までは歩いてだって行けるのだから


わたしたちは、カイロをくれた女性とラジオをきかせてくれた男性に礼をいって
教室をあとにした




自宅に近づくと
駐車場に車があって
中をのぞくと夫とピピンがいた
夫は眠っていたが、窓をたたくと慌てて飛び起きた
実家に行こうか迷ったが、連絡がつかないわたしを一晩そこで待ち続けたという
わたしと同じで
フ−コは父母がみているのだから大丈夫だとおもったそうだ
わたしが送った居場所のメールはやはり届いていなかった
わたしたちは離れた場所で同じ気持ちで一晩過ごしたのだ

フーコを迎えにいくまえに部屋に戻ると散乱してはいたが
思ったほどの被害ではなかった
本棚やCDラックからはでに落下してはいるものの
まず、割れ物がない
片付けることもしないまま、フーコのいる実家へ向かった





長くなったけどこれが大地震の日にわたしが体験したこと
あらためて言葉にしたら
たいした事はなかったな、と思う

その数日後の寒さときたら
あの日の比ではなかった
その頃も、もっと被害の大きい地域では
わたしがたったの一晩過ごした避難所のような場所で
さらなる寒さに耐え、その上食料もなく
衛生状態も悪化し
中には連絡のとれない家族の事を案じ
辛い思いをされている人たちが沢山いる

そして今も・・・・・・
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by spatspipin | 2011-03-21 21:57 | こと
2011年 03月 21日

3/11@避難所

でもそれは感覚が同じではないだけのこと
子供たちを「煩い」と感じたひとを責めるつもりはない
もしわたしが子供たちに「いいぞもっとやれ」と言ったとしたら
その人は「あいつとは一緒になにかをすることはできない」と思うはず



話はすこし前に戻る

寒かった
避難所はとても寒かった

避難所であるその中学校にたどり着いたとき
てっきりわたしは体育館に通されるのだろうとおもっていたのだが
体育館だけでは間に合わないほどの避難者の数
体育館はすでにぎゅうぎゅうにひしめきあっていた

ひろいひろい体育館にひとつだけ石油ストーブがあった


その体育館を通り抜け、わたしが案内されたのは3階にある教室だった
すでに他の教室はいっぱいになっていたうえ
通されたその教室にも30人ほどの人が横になっていたり
足をかかえていたりして過ごしていた


他の避難者は、避難するために防寒具や簡単な寝具を持ってそこにきていた
わたしはその中で、ラジオをもっている男のひとに
「そばで聞かせていただいてもいいですか」と聞き
そこに座った



言い忘れていたが
そのときわたしは一人ではなかった
ひとまわり以上年下の後輩と一緒にそこにたどり着いたのだ
彼女は私以上に薄着だった

わたしは彼女と自分のために教室を出て
段ボールでも新聞紙でもわけてもらえないものかと
ボランティアの係員に掛け合いに行った
しかし段ボールはなかった
いや、少しはあった
しかし、高齢者や小さい子供のためにとっておきたいと言う

フーコのことを思う

実はフーコのことはわたしの父母がきっちり守っていてくれると信じて
あまり考えないようにしていた
だけど「小さな子供」という言葉をきいただけで
また、どうしようもなく不安感を盛り上げてくれる
なにもない、なにもない
なにごともなく、もう、今頃はあの寝息を立てて
父母がそれを見て微笑んでいるはずだ
ブン、とかき消す


教室へ戻ってまた体を縮めて凌いでいると
ボランティアのスタッフがブランケットがある・・と伝えにきた
わたしはそれを受け取った
これで少し楽になると思ったのもつかの間
新品のそれをビニール袋から出してみると
ハンカチくらいの大きさしかないものだった
わたしはそのビニール袋に両足を入れ、ハンカチくらいの大きさの”ブランケット”を
足首に巻いた

そばで毛布にくるまっていた女性がカイロを私たちにくれた
わたしは遠慮なくそれを受け取った


少し眠りましょう、横になりなさいと、後輩の女の子に言って自分も横になった
しかし眠れるわけはない
タイルの床から体に染みてくる寒さ
フーコと父母のこと
夫とピピンのこと
道の途中ではぐれてしまった上司のこと
ラジオから聞こえてくる津波のこと
なにをとっても眠れるものではない


むくり、と後輩が起き上がった
「どうしたの?」
「心配で・・・」

彼女は家族と既に連絡がついていた
そのときに、祖母の家が流されたということをきいたと話していた
そのことかと
「おばあちゃんのことは心配だけど、ご家族もいるのだからきっと大丈夫だよ」
と知ったようなことを言った
すると
「おばあちゃんは多分大丈夫なんです。心配なのはつき合っているひとのことなんです」

すこし前に彼はいないと聞いていたので
いつのまに彼ができたの、と、こんなときなのになぜか嬉々としてしまう


「彼の家、荒浜なんです・・・」

そのころ荒浜で200〜300人もの人の遺体が見つかったと
ラジオから聞こえていた

わたしは不器用なたちだ
だれかに悲しい事や心配事が起こったときに
美しい言葉や優しい言葉をかけるということができないのだ
そのときも、わたしの口からどんな言葉を発したんだったか
とてもくだらないことを言ったか
もしくは、なにも言わなかったのかどちらかだろう
そして、できることならなにも言わなかったほうであってほしいと今思う


幸い、ほどなくして彼からは連絡があった
そのあと、わたしにも夫からの例のメールがあったので
わたしたちは少しはほっとして横になったのだった
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by spatspipin | 2011-03-21 21:31 | こと
2011年 03月 20日

3/11@さまよった

家族と連絡がつかないまま歩き続け夜を迎えてしまった
何度も何度も携帯電話をリダイヤルする
3月の夜、この町はとても寒い
かじかんだ指は携帯のボタンひとつ押すのもままならない

公衆でんわにひとがずらりと並ぶ
「公衆電話は連絡がつく」と聞いて
わたしも並んで電話をかけた
だけどもそれはただの憶測だったようだ

次第に携帯電話の充電もなくなってきた


電気の消えた町は闇
19:30
そんな時間はまだ仕事をしているだろう
だけど、取り返しがつかないくらいの闇に感じた

そのうえハイヒールを纏った足は
最初はつま先そして足裏
順番に
すね、ふくらはぎ、足の付け根と
「もうダメ」と伝えてくる

市街地にほど近い中学校である避難所へとりあえず避難した
いったん足を休めようというくらいの気持ちで



避難所にいったん腰を落ち着けると
ラジオで津波の情報がはいってくる
その情報はわたしの想像をはるかにこえていた


歩いてでも自宅へ帰った方がいいのか
それともこのままここで朝を迎えた方がいいのか
悩んだ
家族と連絡が取れないまま悩んだ


フーコはとりあえずわたしの父母と一緒にいる
その地域に津波の影響はなさそうだ
夫は大丈夫だろうとおもうが
ピピンはどうだろう
家のなかはひどい状況だろう
割れたものを踏んで怪我をしているのではないだろうか
家具の下敷きになっているなんてことはないだろうか
わたしが夫なら、最初にピピンを救出して
そのあとフーコのいる実家へ向かう
なにごともなければ彼もそうするだろう、信じよう
いまこの暗闇のなか動きまわらないほうがいい

そう考えた

携帯は圏外になってしまった
ラジオからわたしの使っている携帯のキャリアが規制されたと聞こえた
とっくに電話をかける事をあきらめていたが
あらためて本当に不安になる

22:30頃、突然メールの音が聞こえる
夫からのメールだった
「ピピンを救出していまは車のなかにいる」
「いまどこにいる」
この二通
取り合えずほっとし、いまどこにいるのか伝えるメールをした
これが届けば迎えにきてくれるはずだ

しかしそれは届かなかったようだ




深夜になるにつれて寒さが本当に堪える
ビジネス仕様の服装
所持品に防寒具などなにもない


その避難所に中学生くらいの子供たちがいた
子供たちはなぜか子供たちだけで避難していた
そのなかの一人の子供に親から連絡がはいって今から迎えにくるということだった
子供たちが「わあ」っと沸いた
わたしは人が沢山いるにもかかわらずしんとした避難所に「わ」っとほんのり温かい火が灯ったように感じた
だけど感じ方は人それぞれなんですね
子供たちが急に元気になっておしゃべりをはじめると
そばにいた大人が「静かにしてください」と言った
子供たちはしん、とした

わたしは静けさが怖くて、寂しくて、堪らなかったので
子供たちにもっともっと騒いでほしいくらいだったから
それを言った大人に対して
”あいつとは絶対に一緒になにかすることはできないな”
と思った
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by spatspipin | 2011-03-20 21:26 | こと