あさはかな深掘り

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2017年 01月 09日

心配の魔物に打ち勝つには

3年くらいまえのことかな。
わたしはその日疲れていた。ようだった。

わたしがとても尊敬している方が、わたしの疲れた顔をみて言った
「よしださん、大丈夫。心配事の99パーセントは、起こらない。思い過ごしだよ」


そのときは、とくに、
心配事があったわけではなくて
なにでそんなに疲れていたのか…
単に前夜に、友人と飲み明かしたんだっけか
それとも、足の重い案件に翻弄されていたんだっけか…。
ただ、ただ、疲れていたということだけはよくおぼえているものの
「また顔にでちゃってますか?大丈夫ですよ」といったかどうかはあまり覚えていない。
というのも、当時、わりとしょっちゅう
だれかしらに顔が疲れてると指摘されていたのだ。
たしかに、常に疲れていた。
なんでそうだったのかは
いま考えても理由はよく、わからない。


しかし、なるほどたしかに。
いわれてみれば
心配で心配で
気に病んで気に病んで
眠れない日がつづくようなことほど
事後にはなにもなかったと胸をなでおろすことになることはしばしば。
逆に、なにかおきるときには
そんなことが起きるとは、夢にも思わない。
そんなときに
事件がおこる。
仕事でも、プライベートでもそれは同じ。


だったら、普段は
あまり心配せず、ことが起きたときにだけ、
落ち着いて、対処したほうが
精神衛生的によいんだろうなあ
と、あのとき、確かに考えた。



それなのに
少しだけ時がたち、
またわたしはありもしないことで
夜中に、はあっと、目覚めては
自分のおちどに関して思いをはせる。
明日なんとかしなければ…
なんとか収束させなければ…


と、無駄に考えて、ますます眠れぬ夜を過ごし
翌朝、足取り重く職場に向かい
その件に関して覚悟を決めたかのように対峙する。
直後に、何ということはない事柄だったことに
気づく。
安堵するも、今度は寝不足による不効率が発生して締め切りにもがく。
心配していたことにしか目がいかず
思わぬ事を落としてしまう。


無駄な心配はやはり
よくない、と、わかっているのに
なんどもなんども
この繰り返し。
いま、心配したって仕方がないこと。
でも、心配はよなよなわたしのこころをかっさらいってしまう。

ああ、心配に支配されないようにするのには
どうしたら良いのかしらね。


って、
あのね、これは
自分のせいで、なにか良くないことが起こるということに関して気にしているだけで
解決策を講じて明日なんとかしようと
考えているわけじゃないんじゃないですか。
誰かから責められたり
恥をかくんじゃないかという
へんなプライドのせいで
そうなっているんじゃないんですか。
間違ったなら
間違った!!助けてください!
って、明日言えばいいだけの話なんじゃないですか。

と、本当は
わかってるんです。頭では。
それでもまた、心配の魔物は、やってくる。
夜になるとやってくる。

こういうのって
どうしたらいいんでしょうね。
頭の上にレモンとか塩とかおいて寝たらいいんでしょうかね。





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by spatspipin | 2017-01-09 17:50


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